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うなぎ召し上がりましたかおもて順です
7月26日は『土用の丑の日』。皆さんもご存じの通り、お利口な平賀源内さんのアイデアのおかげで、全国のうなぎやさんはこの日は大繁盛おいらの住む身延山にもうなぎの名店があるのは前にもお話した通り。今回もお世話になりました。
おいらにはうなぎと言うと忘れられない思い出があります。それは、おいらが大学生だった頃の事。近所にヨッシー先輩というお坊さんの大先輩がおられますヨッシー先輩との出会いはおいらが幼稚園の頃。当時、先輩は高校生で、それ以来30年以上のお付き合いがあります。
もう17~8年も前ですがその日の午後、突然、先輩から電話が入りました。「今ね浜松なんだけど、うなぎ買ったから。悪いけど、さばき方ネットで調べといてうちで一緒に食べよう。」先輩は少しあせっているようだったので、おいらもとっさに「はい。分かりましたと二つ返事で答えました。とはいうものの、大学生だったおいらも「串うち三年、裂き八年、焼きは一生」と言われる程、うなぎ調理は難しいらしいという事は知っており「ネットにさばき方なんて出てるのかいな思いながらも検索したのでした。すると、あるものですねぇ~。当時見たものとは違うかもしれないけど、本当にこんな感じで出てました。(うなぎのさばき方)
早速おいらは印刷したさばき方を持ってヨッシー先輩の家に向かったのでした程なく先輩も到着し、早速うなぎくんをさばく事に。ヨッシー先輩は出来上がった蒲焼ではなく、活き活きした元気なうなぎを見るうちに衝動的に活きうなぎを買ってしまったようですしかし、いざ取りかかると、さばく以前に捕まえる事すら難しいのでした。うなぎくんのヌルヌルは予想以上で、仕方なく塩をかけてヌメリを取る事に。何とかまな板の上に乗せると、次は千枚通しで頭を固定します。「うなぎくんゴメン。」と思いながらおいらが押さえて、先輩が千枚通しを打ちます。でも、ぬるりん、ぬるりんと滑り、刺さるどころではありません。ヨッシー先輩とおいらは「ギャーうわわ~と奇声を発し、もはや調理というより虐待のようになってきてしまったのでした
やっとの思いで頭を固定し、次はいよいよさばきです。すでにこの時点で1時間以上かかっていますうなぎくんは頭を千枚通しで固定されても、絶命する事なくうねうねと動いています。先輩が包丁を入れようにも動き過ぎて全くさばけません。ここから先はとてもお伝えする事が出来ません。最後はもはや調理というよりもスプラッター映画のような惨劇になってしまったのでした何とか最後はかば焼きにしたものの、2時間以上かかってさばいたうなぎくんは、とてもうなぎのかば焼きとは言えない代物に。(うなぎくん、心からゴメンなさい。)もう食べる時には、罪悪感がいっぱいで味わう余裕などなくなっていたのでした。でも、さばいた以上、うなぎくんに感謝と懺悔の思いを込めて、ヨッシー先輩と半分ずつ残さず頂いたのでした
先輩は果敢に2匹目にもチャレンジしたけれど、さばく途中でにさすがに良心がとがめたのか途中でやめる事になりました。難を逃れた残り2匹のうなぎくんは、先輩の池に放される事に。一匹は少し傷つきながらもゆらゆらと池の底に泳いで行きました
うなぎくんには災難だったけど、ヨッシー先輩とおいらはうなぎ職人さんの技術力の凄さと、なかなか息絶えないうなぎくんの生命力の強さを身を以て知る事が出来たのでした。その日おいらは自分の家に帰ると、すぐにうなぎくんにお詫びのお経をあげたのはいうまでもありません
このお話には後日談が・・・。数ヵ月後、先輩が池の掃除をすると、なんと傷付いて恐らく死んでしまうだろうと思っていたうなぎくんが元気に出て来たそうです。あらためて、うなぎくんの生命力に驚かされたのでした。
うなぎを見ると今もこの時の事を鮮明に思い出し、懺悔するおもて順でした。

   身延山のうなぎの名店『玉川楼』の広告  「おいらはさばかないでね」byダメいぬころん  おまけ・姫蓮咲きました
放生会(ほうじょうえ)といって生き物を放して、感謝を捧げる仏事や神事もあります。うなぎくんも放流したりします。
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