Menu
うら順なのだ早速、前回の続きをお話するのだ。
ぶつけた先輩の車を運んでもらい、先輩とおいらは病院へレントゲン検査もしたけど、奇跡的に二人とも打撲とかすり傷で済んだのだ。残念ながら、先輩の車は廃車になってしまったのだ。(先輩、ごめんなさい)車のメーカーは、皆さんもご存じのボルボ。頑丈で安全な事で世界的に知られる車なのだおまわりさんも、ボルボのディーラーの人も言ってたけど「よく、これだけの事故で生きていられましたね。」と何度も言われたのだ。その壊れ方は、ディーラーの人が頑丈さを示す実例の宣伝用に写真を撮りに来た位
おいらは家に帰るとすぐに本堂で、命を助けて頂いたお礼のお経をあげて反省したのだ。後日、先輩に見せてもらったのだけど、ボルボのグローブボックスには鬼子母神さまのお姿が彫られたお守りが入っていたのだ。鬼子母神さまは法華経を信仰する者を守護して下さる代表的な神さま。先輩とおいらのお寺にもお祀りしていたのだ。
さらにちょうどその時、おいらの父親の先代住職は、重病で入院していたのだ。病床の父親に余計な心配をかける訳にはいかないので、事故の件はナイショその約1ヶ月後、6月26日に先代住職は天寿を全うしたのだけれど、へたをすればおいらの方が先に亡くなっていたかもしれなかったのだ。父親の事や、疲れもあったと思うのだけれど、おいらの心に隙があったのかも。悲しい事に不幸は重なる事がしばしば。もしも、悪い魔のような何かの力が影響しているとすると、この時はまさに一度に父親とおいらの命も奪われかねない強大な力が作用していたのかもそれ以来、何か悪い事が起きたりした時は、特に行動を慎重にするようになったのだ。
この体験をした後、亡くなるって事のとらえ方が少し変わったのだ。心霊体験のTVなんかで、よく浮かばれない霊この世に未練がある霊なんて言葉を耳にするよね。映画の『シックス・センス』を見た人はご存知かもしれないけど、自分が亡くなっている事に気付かずに実はまだこの世をさまよっていたという、あれもそうかなそれまでも、おいらは目に見えない世界はあると思っていたけれど、事故の体験を通してその思いが少し強くなったのだ。ぶつかった瞬間、おいらは眼を覚ましたら、たまたま命があってこの肉体のままで目覚めたのだ。でも、もしあのまま亡くなっていたら、自分も自身が亡くなった事に気付いていないかもしれないと思ったのだ誰しも『シックス・センス』のブルース・ウィリスになってもおかしくはないなと実感したのだ。
もう一つは仏さま、神さまのご守護のお力の事。先輩とはよく出かけていたけど、いつもは決まって小さな車っだったのだ。あの日ボルボで一緒に出かけたのは、まさに最初で最後。ボルボじゃなっかったら、おそらくおいらはこの世にいなかったはずダッシュボードのお守りもそうだけど、不思議なお力で救われたように思えてならないのだ。
おいら達の心のお師匠さま、日蓮大聖人はこうおっしゃられているのだ。「人の寿命は無常なり。出づる気は入る気を待つ事なし。風の前の露、尚譬へにあらず。かしこきも、はかなきも、老いたるも若きも、定め無き習ひなり。されば先づ臨終の事を習ふて後に他事を習ふべし。」年齢や貴賎等、一切の事に関係なく死はいつ誰のもとに訪れてもおかしくないのだ。だから、おいら達はいつその時が来ても、後悔や未練を残さないように心構えだけはしておかなければならないのだ。その為には、毎日を精一杯、一所懸命(いっしょけんめい)に生きるのだ。一生懸命(いっしょうけんめい)は疲れちゃうから、たまには息抜きもして
あの日以来なるべく毎日を大事にして、そのように生きようとがんばってるうら順です。息抜きも多いかな・・・

命を守ってくれたボルボ(たぶん同型)  鬼子母神さま・志摩房  「たまには息抜きも必要なのだよ」byダメいぬコロン


  • -
  • -