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おっと、やってしまったのだ。何と2月は1度もブログを更新できなかった事に3月になって気が付いたのだ。このままだと、月間ブログどころか、隔月ブログになってしまうじゃないかと、1人で焦ったうら順なのだ
さて、2月はこれまでも毎年ご報告の通り、おいらのお寺では例大祭があるのだ。余りに色んな事が重なりすぎて、果たして無事に行えるかドキドキの日々だったけれど、何とか今年も終える事が出来てホッとしたのだ。どんな事をしているのかは、去年やおととしのお話を読んで頂きたいのだ『報恩ロッキンピッツァ』 ・ 『平成27年報恩法要&大祭』
簡単に言ってしまうと、おいらのお寺を開かれたお坊さん、日傳聖人(にちでんしょうにん)と、ご守護神のさいじょういなりさまに感謝のお経と、お参りの皆さんの願いをかなえて頂く為の、特別なご祈祷を行う行事。2月12日、日傳聖人の祥月ご命日に行っているのだ。すでにお亡くなりになってから、今年で713年目、お寺が開かれてからは742年目となったのだ。ちなみにおいらが住職になったのは平成12年。だから、742年中、17年は何とかこのお寺をお守りする事が出来ているのだ
そんなに大規模な行事じゃないけれど、年に数人ずつ新しくご縁を頂いた方も、お越し頂いてありがたい限り。東京、大阪、愛知といった遠くからも、わざわざ時間を割いておみえ頂き只々、感謝感謝なのだおいらの代になり、当初からご近所さんや、スタッフの皆さんにも支えて頂き、途切れる事無く大祭は続けさせて頂いているのだ。この場を借りて、あらためて関わる全ての皆様に厚くお礼言申し上げます
今年はいつもとは違い特別なゲストが来てくれたのだ。それは、今年100日の日蓮宗の大荒行を終えて2月10日に娑婆世界に帰ってきた、ペッパーくん。彼はだいぶ前においらが『そば打ち memories 』の回でお話しした大先輩の息子さんなのだ。おいらは、ペッパーくんが生まれた時から彼を知っているのだだから、おいらとしては弟のような、半分息子のような感じのする存在。彼が生まれた時はおいらは大学生だったっけ。その後、中学、高校時代には、講師をしていたおいらの姉貴にピアノやエレクトーンを習っていたのだ。そして、高校卒業後は大学にでも入るのか・・・と思っていたら、思うところあってかなぜかピアノの調律師の専門学校に進学見事、調律師の資格も得、今度はお坊さんの勉強、修行も重ね、正式に日蓮宗のお坊さんの資格も取り、今回の大荒行もしっかりと終えて出てきたのだ。ちなみにご存じない方の為にお話すると、日蓮宗のこの大荒行は世界三大荒行の一つに数えられる修行100日間、千葉のお寺に籠り、1日のうち数時間おきに7回水をかぶり、2回のおかゆメインの食事を摂り、約3時間の睡眠、その他は読経三昧という過酷な修行なのだ。それ故、修行に入る時は、おいら達お坊さんが亡くなった時に身に着ける死に装束の衣を着て修行に臨むのだ。この大荒行を終えないと、日蓮宗独自のご祈祷を行う事が出来ないのだ。
      福まき中のうら順    ペッパーくんの後ろ姿
大祭の前日にはペッパーくんのお寺で帰山式(きざんしき)と呼ばれる、大荒行を終えて戻りましたという、神仏や皆さんに奉告を行う行事があり、おいらも司会やお手伝いの一人として参加してきたのだ。大祭のお経の前には、お参りの皆さんの前でペッパーくんをご紹介したのだ。その姿は髪もヒゲもぼうぼう。100日は切る事ができないので伸ばしっぱなしなのだ。着ているものも他のお坊さんとは違うので、けっしてだらしがないお坊さんではありませんよとお知らせしたのだ。ご祈祷の際には、ペッパーくんの初々しい作法を見つつうるっときてしまったおいら毎年、大祭のお経中にはただでさえ涙もろいおいらは、また無事に大祭を迎えられた感謝の念や、色んな想いが重なりすぎて1人でウルウルしているのだ。今回はまたいつもと違ったうれしさが交ざった感情だったのだ。もしかすると、これが自分の子供の姿だったら、こんな感覚なのかなと思ったりしたのだ。でも、きっと我が息子、ジュニアくんだったら、きっとおいらは号泣間違いなさそうだけれど立派に成長したペッパーくんの姿を見て、とても満足感のあるお経をあげる事が出来たのだ。
今年、余興の奉納落語でお招きしたのは、三遊亭 美るく(さんゆうてい みるく)さん。かわいらしい落語家さんだったのだ。おいらは毎年、お話は聞けないので、皆さんの声を聞く事しか出来ないのだけれど、かなり好評だったよう。中には小さなお子さんも聞き入って、ハートを鷲づかみされてしまった子がいたようで、どんな内容かおいらも聞いてみたかったのだ
無事に終える事は出来たけど、やはり疲労困憊だったおいら。今年も来てくれたロッキンピッツアのハードロッカーシェフこと内藤お姉さんに、ピザをもらいに行った時の事。「チャオ、姉さん。祝宴のピザをもらいに来たよと言うと、「住職、今年は何かお疲れみたいねベイベーあいよ、これマルゲリータ」と、見抜かれてしまっていたのだ。恐るべしシェフ内藤姉さん。ピザ職人、ハードロッカー、その他に霊感でもあったりして
疲れてはいたけれど、しみじみと喜びを感じた大祭となり、おいらも一つ肩の荷が下りたのだ。その日は、あっという間に酔いつぶれて寝てしまったのだ果たして、あと2年のプチ単身赴任中、おいらの体力はもつのかちょこっと心配なうら順なのだ

        三遊亭美るくさんの落語     元気な内藤シェフとお疲れうら順
※まずいなぁ。年齢だけは重ねていくけれど、心は高校、大学時代のまま。今回のような経験をしながら、きっと老いというものを実感していくんだろうなぁ。「まだまだ負けないぜベイベーと、ロッキンピッツアの姉さんを見ながら思ったのだ
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