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ゴールデンな週間ですね。かれこれ20年以上、黄金週間とは無縁な生活を送っているおもて順です
ゴールデンウイークの間は、決まって参加する行事があります。それはおいら達が所属する日蓮宗の総本山、身延山久遠寺(みのぶさんくおんじ)で行われる『千部会大法要』(せんぶえだいほうよう)という行事。おいら達、身延山の中にあるナンとか坊と名の付くお寺の住職さんや副住職さんは、年に何度かある久遠寺の行事に参加し、お手伝いをさせて頂いています。これはその中の一つの行事。簡単にいうと、大勢のお坊さんでたくさんお経をあげ、祈りを捧げるという行事であります。その歴史は古く、『続日本書紀』には聖武天皇が法華経一千部を写経し、先の天皇陛下のご供養を申し上げたのが始まりとかおいら達、日蓮宗では法華経をお唱えしますが、他の宗派では般若心経や阿弥陀経だったりします。歴史の中では、国家的な大行行事や危機、権力者の祈願、供養などで多くのお坊さんを集めてお経をあげ祈る事がしばしば行われてきました。千の数の意味は諸説ありますが、ともかくたくさんお経をお唱えし祈りを届けることに重きが置かれていたようです1人で千回のお経をお唱えしたり、10人で百回だったり、数百人や千人単位で膨大な巻数をお唱えしたり、その人数やお経の巻数もさまざまでありました。
古来からこうして、お経をお唱えする事を人々から乞われているのがお坊さん。もちろん、一般の人が自分でお唱えしてもらってもまったく問題ありませんが、専門的なお経となるとちょっと難しいかも。でも、おいら達もすぐにお経が読めるようになる訳ではありません。何年も修行し、練習を重ねようやく意味を理解しつつ間違えずに、大勢と合わせたお経を読めるようになるのです。一般の皆さんはお経というと、お葬式や法事、祈祷などでお経をお唱えするのを思い浮かべる方が多いのではでも、その他においら達は常日頃、朝や夕方、それ以外の時間にも日常の修行としてお経をお唱えします。それが勤行(ごんぎょう)とか朝のおあさじ、朝勤(ちょうごん)とか呼ばれるものです。おいら達は冗談交じりに「男は度胸、女は愛嬌、坊主はお経」なんて事をよく言います。多分、ほとんどの宗派でおんなじような事を言ってるはず。学生時代に先輩のお年を召したお坊さんが言っていた時には、「あははは、面白いこと言うなぁなどと思っていましたが、年を重ねるに連れ何となくそのホントの意味が分かってきたような気がします。
     20年以上愛用のお経本     お経本の中はこんな感じ
お経はそもそも、お釈迦さまのお言葉をお弟子さん達が書き写したものその教えを広めたり、修行として行う為に読まれ伝えられてきました。その後、長い年月の間にそのお言葉は様々に解釈されながら色んな仏さまや神さまなどのお言葉や、じゅ文のようなものも伝えられるようになります。仏さま神さまのお言葉ですから、お経自体にも徳や不思議な力があるとされ、それらは唱えたり書写したり、修行の一つとなります。また故人へもその徳をたむける為、読経がされるようになりました。「何で誰も聞いてないのに、一人でお経をあげてんねん。何でやねん。これは、学生の修行時代に自分が思ったり、一般の方にたまに聞かれた事。昔のお坊さん達は長い経験の中で、色んなお言葉を残して下さっていますが、そんな中に答えがありました。先ほど記したとおり、お経はお釈迦さまや仏さま神さまのお言葉。ですからお唱えしていると、そこには時や空間を超え、色んな神仏や魂など見えない世界の方々も自然と集まってお経=お言葉・み教えを聞きに集まって来るのだとか。それを思うと1人でお経を読んでいても、ちょっと怖いなと感じながらも、しっかりお唱えしなければと気合が入ります
おいらが学生の修行中、大先輩のご老僧がこんな事をおっしゃっていました。「たとえ大きくて、建物も立派でピカピカのお寺でも、お経があがってない所はすぐに分かる。そこには霊気や荘厳さありがたさのようなものが感じられない。逆に小さなお寺やお堂でも、お経がたくさんあがっているところには、えも言われぬ霊気や神仏の空気を感じるものだよおいらはまだ、この境地までは至っていませんが、今までの経験上やはり坊主はお経、読経しなくちゃなと感じています。おいらのお坊さん友達のお話。その友人のお寺では、父である住職さんは日頃ほとんど勤行をしなかったそうです。ある時、初めて友人と住職は勤行をしました。すると、お経を唱え始めたとたん、本堂の中にあった数百のお位牌がいっせいにバタンと音をたてて倒れたそうですもちろん地震があった訳でもありません。お経をお唱えしてくれない住職への、霊や神仏からの警告だったのかもしれませんこういったお話はけっこう耳にします。おいら達の世界では何か良くない事があると「そりゃぁ、お経が足りないからだよ」という事をよく言います。全てがお坊さんが怠けているからそのせいで・・・という訳ではありませんが、中には多分そうだろうなぁと思ってしまうケースもけっこうあるかも。お寺は仏さま、神さまが居られる神聖な場所しかし、逆においら達お寺をお預かりするお坊さんにとっては、怖い場所でもあります。普通に仏さまの世界へ旅立たれた方は良いのですが、そうでない方ももちろんおられます。悔しさ、無念、怒りを残したままお寺に頼ってくる霊もいるかもしれません。また、亡くなった方だけではなく、この世で生きる方も様々な思いをもってお寺へ祈りやご供養、相談にやってきます。そして、マイナスの念や負の力をお寺へと置いていくのだとか時にそうした目に見えない悪い作用を、お寺のお坊さんやさらにはその家族までもが受けてしまう事があります。すると、体調を崩したり、悪い出来事が起こってしまったりする場合も。そういったものを受けない為にも、日頃の読経でお寺を仏さまや神さまの力で守って頂き、お坊さん自身も心身にお経の力を蓄えておく事が必要なようです
さあさあ、それではおいらもこれから勤行に行って参ります。
同じく愛用のお経本   おいらが読経をする場所   お経本の中・功徳たっぷり

※お経をたくさんお唱えしたあとのビールはまたうまいんだよなぁ。困ったものです
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