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都内や都市部では7月のお盆。おいらも都内のお檀家さんのお経に行って参りました。身延山の山奥の暑さと違った、都会の攻撃的な暑さにノックアウト寸前だったおもて順です
先日、同級生のKくんのお母さんが亡くなられお葬式がありました。おいらはお通夜の夕方にその事を知ったので、彼とお話し出来ればと、早めに会場へ向かいました。昔からうらやましかったけれど、彼はおいらの2倍近い背の高さ。それは大げさかな久しぶりで会った彼は相変わらず大きかったけれど、肩を落としちょっと小さめに見えたのでした。大学生になってからはそれぞれの道を歩んだおいら達。互いに離れて暮らしていたので、会う機会もなくなってしまいました。聞いた所ではお母さんは数ヶ月の間、闘病生活をされていたそうです。享年は60歳半ば。お母さんを亡くし、それまでの事を涙ながらにおいらに教えてくれたのでした。60歳半ばだと、今ではまだ早いお別れです。母親を亡くした彼の悲しみ、心の痛みがひしひしとおいらにも伝わり、おいらも涙ぐんでしまいそうでしたあまりうまくは言えなかったけれど、彼に励ましの言葉と都内で再会しお母さんへ献杯しようと握手を交わし、おいらはその場を失礼しました。
おいらは今、40代に突入した所。なのでおいら達の世代の親は60代後半から、70代以上が大半になろうかと思います。そうなると、親とお別れをしなければならない場面がちらほら出始めます。おいらは母親は健在ですが、先代住職の父親とは27歳の時にお別れをしました父はこの時まだ60歳。お坊さんの世界では、まだまだこれからという年です。不治の病が見付かり、それから8ヶ月後、父はほとけさまの世界へと旅立ちました。この間、入退院を繰り返し、家族で看病をしました。男性は特にそうかもしれませんが、自分の父親の弱い姿、日に日に弱って行く姿を見ているのはかなり辛いもの。それでも最後には、しゃべれなくても動けなくても、ただ生きてそこにいてくれるだけでうれしい。ありがたい事なのだと思えるようになりました。
お恥ずかしい話ですが、親のありがたみが分かったのも父が病気を患い、亡くなってから「とめどなく涙があふれる」と言いますが、おいらは父の病気を知った時、初めてあふれ出る涙が止まらなくなりました。家族とともに父を看取り、お別れするという経験をさせてもらってから、ようやく身内を亡くす悲しみ、親と別れる悲しみ、看病中の家族の辛さや心情もまた人並みに分かった気がします。それ以後、おいらの中で、人様のご葬儀、ご法事、色んなご相談に臨む心持が確かに変わりました。「人は悲しみが多いほど、人にやさしくできるのだからという武田鉄也さんの歌詞の一説はまさにその通りだと思います。Kくんとも話ましたが、残された数ヶ月を亡きお母さんと共にする機会を作り、看病が出来た事が今となると、とても良かったようでありました。確かにおいら自身も父を看病できた事が、おいらにとっても心の救いになっています。よく出る話ですが、それはお別れまでの期間の事。死は平等にやっては来るものの、それは突然のものだったり、数日や数ヶ月の猶予がある場合もあります。旅立つ本人にとっては、苦しまずぽっくりが良いのでしょうけど、家族や友人との別れや何かしらの準備や清算を済ませてからと思うと、多少は猶予があった方がいいかもと思ってしまいます。まあこればかりは、誰も自由には出来ないので、自身の行いやほとけさまやご先祖さまのお導きにお任せするしかないのかも
今回のKくんの時もそうですが、おいらが「きっとすごく悲しいんだろうな」と思うのが、やはり息子さんがお母さんとお別れしなければならない場合。世の中のお父さん方には大変申し訳ありませんが、おいらが見てきた経験上どうもこのケースの方が息子さん達の悲しみが深いように見えてなりません父親は男同士という事でまだそうでもないけれど、やはり母親は特別なのかも。お母さんを亡くされた50代、60代の男性の方も号泣なんて場面をおいらは何度も見ています。いくつになられても親との別れは辛いという事だと思います。何とも分かりませんが、逆にこれは娘さんがお父さんとお別れする場合もあてはまるのかしら娘を持つおいらとしてもそうあって欲しいと思ってしまいますが・・・・。
いずれにせよ、自身の両親とお別れしなければならない事は悲しく辛い事です。旅立つ親を見送り、また後のご供養を捧げる事が子供達の最後の親孝行ではないかと思います。ですが残念ながら世の中には、逆に親が子を送らねばならない時もあるのが現実。とんちで有名な一休さんこと、一休宗純禅師(いっきゅうそうじゅんぜんじ)というお坊さんにはこんなエピソードがあります。ある時裕福な信者が孫が生まれたというので、お祝いに一筆めでたい言葉を頂戴したいと一休禅師にお願いしました。すると一休禅師は『親死 子死 孫死』と書いて渡しました。それを見た信者は怒りが爆発そりゃそうです。こんなめでたい時に親死ぬ、子死ぬ、孫死ぬとは。カンカンになり書を破いて帰ろうとした信者にそこで一休禅師はこう言ったとか。「それではあなたは逆の方がいいのかな?親が死んで、子が死んで、孫が死ぬ。こんなにめでたい事があろうか。これが逆ならどうする」この話を聞くだけでは、順番通りに送れない家族は不幸せなのかと受け取られてしまいますが、一休禅師はもっと深い意味での励ましとしてこの言葉を送られたようです。順番通りに行かないのは、当たり前の事でそれが現実。順番などはなから分からないのだから、いつ来るか分からない死を受け止め、今を一所懸命に生きなさいという、ひねりのきいたアドバイスといった所のよう
もしものお別れの際、悔いが残らないようにするにはやはり今の一瞬をなるべく悔いを残さず懸命に生きる事が大事かも。それが、自分が親を送る場合でも、万が一送られる立場になってしまった時も。いつか来るその時の為に、少しでも親孝行をしておかなければとおいらも思います。最後においらも自戒にしている、おいら達の心のお師匠さま、日蓮大聖人のお言葉を
「親によき物を与へんと思ひて、せめてすることなくば、一日に二、三度笑みて向かへと也」
「親に何か良い物をあげようと思ってもし何もなかったなら、一日に二、三回微笑みかけてあげなさい。(それだけでも、親を思うあなたの気持ちは伝わります)」
『上野殿御消息』(うえのどのごしょうそく )と呼ばれるお手紙の一節より

先代住職の本葬の様子 先代住職の本葬儀に参列中の27歳のおいら 先代住職のお墓に納骨するところ
※この場をお借りしKくんへ伝言を。7月のお盆は会えなかったけど、またその内電話しま~す。お母さんへ献杯しましょう
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