Menu
「おもて順さん、最近グルメの紹介がないですね。またお願いしますと、ある愛読者の女性に言われました。「いやぁ、精進野菜生活ノンアルコール主義だと行ける所が限られるもんで・・・」とお答えすると、「またご冗談を。ウ・ソ・ツ・キフフ」と軽く一蹴。やっぱりおいらはあんまりまじめに見られてないのかしらと、ちょっぴり不安になったおもて順です
なので、今回は優等生的やや固めばなしを。「男は度胸、女は愛嬌、坊主はお経」とは、おいら達の業界では1度は必ず耳にする言葉。おいらの所属する日蓮宗では南無妙法蓮華経のお題目をお唱えする事が1番大事だったり、他の宗派ではナムアミダブツが№1だったりするけれど、各宗を問わず必須のご修行はやっぱり読経。そうお経をお唱えする事ですね。有名な所ではやはり般若心経法華経でしょうか
読経をする時というのは、日々の勤行(ごんぎょう)がメイン。朝のお勤め、朝勤(ちょうごん)とも言い、他のところだと朝課(ちょうか)とかおあさじとかいうみたい。それ以外にも、夕方やお昼の勤行などもありますそのほか、葬儀や法事、種々の法要、仏前結婚式などでもお経が読まれます。おいらが毎日の勤行(ごんぎょう)でお唱えしているのは法華経。詳しい内容をお話しすると、おいらのおつむでは一生かかりそうなので割愛しますが、28の章からなり物語形式風に説かれています。お経本をご覧になったり、おいら達がお唱えするお経を見聞きされた方がいるかとは思いますが、恐らく何を言ってるんだかさっぱり分からないのでは漢字が並んでるだけだし、おいら達が普段唱える時はただ漢字を音的にそのまま読んでるだけなので当然の事。あのお経本は真読(しんどく)と言いますが、もう一つあの漢文のお経が書き下され訓読(くんどく)にされたお経本もあり、時にはおいら達も訓読で読経したりもします。こちらになると、な~んとなくではありますが内容がおぼろげに見えてきますさらにはもっと分かりやすく説かれ、意訳された文章になったものや解説書を見れば、詳しい内容が分かって来ます。でもおいら達が1番多く読経するのはやはり真読だと思います。
お経本にはふり仮名が付いた物もあるので、それを使えばゆっくりならば一般の方や初心者のお坊さんでもお唱え出来ます。しか~し、おいら達はお坊さん。まがりなりにも読経のプロおいら達がお経を習う時は、師匠や父親、また修行先のお寺や修行の専門機関などで習うのが通例です。おいらは子供の頃に先代住職の親父や知り合いのお坊さんについて基本のお経を初めて習い、本格的に全ての法華経の読経を教わったのは大学に入ってから。お坊さんとしての基礎を学ばせて頂ける宗門の学生寮で4年間みっちりと仕込んで頂いたのでした。おいら達が正式にお経を教わる場合はかな付きの本はNGお経の一文字一文字を先生のお坊さんから口づてに習います。それはまさに口伝(くでん)とか相伝(そうでん)と呼ばれる方式。おいらが修行先の寮で初めてならった時は、「うぉ~、マジですか。北斗の拳の一子相伝みたいで、すっごいカッコイイじゃんと何も知らないおこちゃまながらも、感動したのを覚えています。先生が少しずつ区切って唱えるお経を聞き、読めない文字には自分でかなを付けます。後々読めるになったら消す人も。また読み方を習いながら、大事なフレーズの所では、ここを抜粋して葬儀や個々の行事で用いるなどといった事も教えて頂きます。おいらは自分でふったかなや説明書きも全て後学の為と記念に残したままにしています
おいら達が日頃使うお経本は法華経28章が8冊になった8巻のお経本を使う場合が多いです。もしくは28章の中でも、特に大事な教えが説かれた章をまとめ1冊になったタイプのお経本を使う事も。日常的にはこの1冊のタイプがほとんどかも。おいらは今の宿坊の住職になってからは、自分のお寺意外に別のお寺にも勤務をする生活が続いていますなので自分の所の勤行ではほとんど1冊タイプのお経本を唱えていました。たま~に思い出したように学生時代に教わった時に使った8巻のお経本も使いましが、最近はすっかり経箱の中にしまわれたままになっていました。ですがここ数か月、ふとまたこの8巻本で唱えてみようと思い立ち使い始めてみたのです。すると、学生時代に付けたかなや解説の走り書きが読経しながら目に入り、忘れていた大事な個所も再び思い出す事が出来ました。読経していても、懐かしさと再発見の繰り返しでいつもと違い何だか楽しい感覚がつい勤行が終わった後もお経本を再びめくり、当時の色んな事を思い出してはノスタルジアにかられるのでした。
おいらは今、勤行でこの8巻中の1巻を半分づつ唱え、その後1冊タイプのお経本の特に大事な所をお唱えしています。なのでほぼ15・6日間で法華経を一通り、お唱えしています勤行が出来ない時もあるので、1ヶ月に約2回読破するといった具合。きっと世の中にはもっとはるかに毎日の勤行で読経をされている方が大勢おられる事と思います。多分おいらの読経の量なんてまだまだたかがしれたもの。あるお坊さんの先生がおっしゃられるには「お経があがっていないお寺は例え建物が立派でもすぐに分かる。お経があがっているお寺は、建物が粗末でもそれ相応の厳かな霊気に包まれているとか。また一般の方にも「お題目、お経の貯金をなさい。財産はあの世には持ってはいけない。持って行けるのはお経や功徳の貯金ですからといった内容のお話がよくされます。決してご利益だけを求めるお経や勤行になってはいけないと思いますが、お題目をお唱えしたり読経という行為は、そのことわりは分からずとも功徳やご守護と呼ばれるような不思議なパワーを与えて下さるようです。おいら達お坊さんの世界ではよく、先輩などから「お題目、お経はたくさんあげなさい」と諭されます。ご供養や祈祷など霊的なかかわりがあるもの、また祈願や祈祷には人の思いや欲望、金銭にかかわる事があります。そういった事象にたずさわる際は少なからずおいら達お坊さんにも、何かしら心身にダメージをもたらす場合があるようですそういった負の力からおいら達を守ってくれる一つが、どうやらお題目やお経のもつ力のよう。だから、直接的に感覚的にそれを経験された先輩達は古来から修行としての読経に限らず「たくさんお経を。お題目をと言い続けられているのだと思います。おいらはひよっこ四十路僧侶ですが、短い人生経験の中で少なからずその事を実感し始めています。
今回、再び学生時代のお経本を使い読経し始めた裏には、「おもて順よ、まだまだお前にはお経が足りない。初心に返り、もっともっとお経を唱えよといった仏さまや、歴代住職のお計らいがあるのかもしれません。「あ~、まだまだ足りないな~」と反省しつつも、昔を思い出し今日も楽しく読経をしているおもて順です

愛用の法華経一部八巻  懐かしき学生時代に記した仮名と説明書き  おいらが勤行する経机&スペシャル経箱&愛用お経本
ただ今2歳の愛娘モンちゃんも夕方のお経にはたまに付き合ってくれています
  • -
  • -