Menu
思いがけぬ大雪でしたね。おいらのお勤めする身延山山頂付近では積雪約50センチ2日連続で慣れない雪かきをしたら、体がガタガタになってしまいました。右肩が上がらず困っているおもて順です
おいらの知り合いのお坊さんにはノリノリな趣味を持った人がいます。バンドをやっていたり、DJをやっていたり、バーテンをやってカクテルを作れちゃうお坊さんなんかも皆さん、ノリが良いというか明るく楽しい人ばかり。実はおいらもその一人。愛妻や家族位しか知りませんが、かなりのノリノリ僧侶なのです。と言っても、おいらがはまっているのは食べる海苔の方。なぜか子供の頃から海苔が好きで、今でもかかさずごはんやお酒のおともに食べまくっています作家の椎名誠さんは自身を〇〇コンならぬ、ノリコンと自称されるほどの海苔好き。その文章を読んだのは大分昔の事ですが、「うまい事言う人だなぁ。」と思い笑ったのを覚えています
海苔が好きな人がよく言うのが、その風味がおいしいのはもちろんの事、その利便性にあるようです。特に海外によく行く人などは軽くて沢山持って行けるので、後はお醤油と白いご飯があれば日本が恋しくなっても、それでかなり癒されるとか今ではSUSHIが世界的に認知されたからそうでもないようですが、以前は黒い紙にしか見えない海苔を見て、恐れおののく海外の方が多かったようです。10年ほど海外で活動をしていたゆかいな仲間のプリーストタイガーくんにも、前に海外における海苔の認知度について聞いた事があり、「可哀そうなノリの世界的地位向上に努めて行こうねと手を取り合った事もありました。
おいらのノリライフの中で1番幼い記憶に残っているのは、熱々白ごはんにお醤油をちょこっと付けて食べる、シンプル海苔ゴハンのうまさ。「お醤油はちょっとだよっとよくおふくろに言われたのを覚えています何て言われても、目を盗んではビタビタに醤油に浸してごはんに乗っけて食べていたりしました。その後、世の中には味付き海苔なるものも存在するという事も知り、おいらのノリライフはさらに豊かなものになって行ったのでした。また、おいらのノリライフで革命的だったのは、ある日初めて岩のりを口にした時です大き目なお皿に紙状の海苔を荒くちぎったような黒い物体が盛られ、おふくろが醤油をふた回りほどかけると、はしで混ぜていました。それをスプーンでたっぷりすくいごはんにかけてくれます。おいらはそれをごはんとさっと混ぜて一口ほおばると、あまりのウマさに夢中で食べ切ったのでした子供ながらにいつもと違う濃厚な海苔の風味にすっかり心を奪われたおいら。後から分かったのですが、これは岩のりの中でもかなり高価なものだったみたい。おいらのおふくろは伊豆下田の出身。親戚も多いのでなかなか山梨では手に入らないそうした海苔や魚介類を頂く事が出来ていたのでした岩のりにもピンキリがあるようですが、いずれにしても漁村のお母さん方が磯で苦労して採った岩のりを天日干しなどで乾燥させて作るので、とても手間のかかる物のようです。そうしたご苦労がある事が分かってからは、余計に海苔がおいしく感じられるようになりました
何を隠そうおいら達の心のお師匠さま、日蓮大聖人も海苔がお好きだったようです。大聖人が残されたご文章に次の一説がございます。
「あまのり一ふくろ送り給び畢んぬ(略)古郷(ふるさと)の事はるかに思いわすれて候いつるに、今此のあまのりを見候いて、よしなき心おもひいでて、憂くつらし。片海、市河、小湊の磯のほとりにて昔見しあまのりなり。色形あぢわひもかはらず。など我が父母かはらせ給いけんと、かたちがへなるうらめしさ。なみだをさへがたし。」
大聖人が晩年を山深い身延でご生活の折、山中では貴重な岩海苔のご供養が届けられました。それは生まれ故郷、千葉県天津小湊のご信者さんから送られたものです。大聖人はその岩海苔の香りに懐かしい故郷、小湊の磯を思い出され、また亡きご両親さまを想い涙されたのでした
幼い頃の記憶や様々な想い出は、味覚が加わるとさらに強烈に印象に残るのかもしれません。おいらにとっても海苔は楽しい食卓の記憶として今もこれからも残って行きそうです。おいらのDNAを受け継いだのか、愛娘モンちゃんもどうやら海苔好きなようです。消化の事を心配して愛妻が気を付けていますが、ゴハン中思い出したように突然「のり、ノリ、海苔と海苔を欲しがるノリノリ娘に変身してしまいますモンちゃんにとっても海苔が楽しい想い出の一つになるよう、色んな海苔をこれから食べさせてあげたいと思っています。

最近、毎朝食べてる岩海苔 愛娘モンちゃんが秘かに狙う味付き海苔 お昼のお供の日本橋焼き海苔
※おいらのお気に入りの一つ『はんば海苔』。地元では定番食品だったものの、今では高級品とか・・・。何げにビン詰めのねっとり岩海苔も好きなおもて順です
  • -
  • -