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節分を終えて一段落と行きたいところだけど、このところ相変わらず用事やお仕事がノンストップなのだ。「あれ?これって過労ってやつかしらと、たまに思ううら順なのだ忙しいのをいい事に、ブログの更新も遅れてしまい反省中なのだ。
おいらは節分にはここ10年来あるお寺さんにお手伝いにお出かけしているのだ。そちらは都内から2時間程の関東某所。おいらの地元、身延山に負けず寒さの厳しい所なのだ。こちらでは節分のご祈祷や豆まきにチビッ子達が来ると、お菓子を配っていたのだ。「何気ない駄菓子だけど、これがうれしくてまたお寺に行きたくなったり、大人になってからも足を運ぶきっかけになってたりするんだよね。さすが分かっていらっしゃると偉そうに、お菓子をもらう子供達を見ていたのだ。お経の合間においらは「どんなお菓子をもらってるのかいなと気になったので、お菓子係りのおばちゃんに見せてもらったのだ。今どきのチビッ子達向けだけに、凝ったお菓子でも渡してるだろうなと勝手に思い込んでいたおいらは、目にしたお菓子にちょっとビックリしたのだ。大きなダンボール箱に無造作に放り込まれたお菓子は、おいらが子供の頃によ~く食べていたものがほとんど。おいらは、一気に郷愁に浸り、うれし懐かしくなってしまったのだ中でも驚いたのが、『チーズあられ』という小さ目な袋に入ったスナック菓子。包装やデザイン、もちろん中身もおそらくほぼ当時のままで、手に取ってしばし眺めてしまったのだ。がまんできずに「おいらもまだまだお子ちゃまの心を持ったオジサンなので1つくだちゃいと一袋もらい、その場で頂いたのだ。何十年ぶりで食べたチーズあられは、今ではなんともチープな感じがするけれど、やっぱりシンプルながらもやさしいウマさだったのだ。
家に帰ってからもチーズあられが気になって調べると、まだまだ現役で販売中だったのだ。どうも発売開始は1972年らしく、おいらと同級生であった事が判明ますますうれしくなってしまったのだ。おいらが幼稚園か小学校低学年の頃、このチーズあられが大好きでしょっちゅう食べていた記憶があるのだ。その当時で確か2~30円で小さな袋のものが買えたのだ。何と驚いた事に、今でも3~40円で買えるみたい。同級生のチーズあられ君は、色んな面でおいらよりもはるかにがんばっているようなのだ
今は無いけれど、おいらがチーズあられに夢中だった頃は、お寺のすぐ近所に駄菓子屋さんがあったのだ。そこはお寺から100メートルもないほどの近さだったのでしょっちゅうお世話になっていたのだ。名前は屋号なんだろうけど『しおや』さん。幼稚園や小学校から帰ると50円ほどのお小遣いをもらい、お店に行っては決まって、チーズあられやお気に入りだったUFOチョコ(チョコUFOかな?)、今なおバリバリ現役のうまい棒などを買う至福のお子ちゃまショッピングタイムを楽しんでいたのだガチャガチャなんかもおいてあって、よくおいらのおばあちゃんにねだってはやらせてもらってたのだ。さらに楽しみだったのが、しおやさんで食べる、焼きそばやお好み焼きその頃はしおやさんにはおばあちゃんがいて、お店の中の鉄板で熱々焼きそばやお好み焼きを作ってくれたのだ。確か値段も100円とか、半分だと50円とかだったような。キャベツとか魚肉ソーセージとか、シンプルな具材のものだったけど、おやつの時間にここで友達と食べる熱々出来立ての焼きそばや、お好み焼きはおいら達をとりこにするには十分すぎるウマさだったのだ。おいらは毎日でも行って食べたかったけれど、怖ーいお母さんの目があって、さすがにそれは叶わなかったのだなので、たまにしか食べられなかった、焼きそば、お好み焼きは余計ウマく感じたのだ。夏にはトコロテンもあって、流水の中で冷えた寒天を、あのニュルっと押し出す道具で器に出しては手作りトコロテンを食べさせてくれたっけ。その後、おばあちゃんが亡くなられると、焼きそばやお好み焼きは無くなり、残念ながら今ではお店も閉店してしまったのだ。時は想い出をどんどん美化していってくれるそうだけど、確かにおいらの心に残る焼きそばやお好み焼きの味も益々ウマかったように想えてくるのだ
おいらも今度の志摩房のお祭りでは、来てくれた子供達にお菓子を配ってあげるつもりなのだ。そして、大人になった子供達が今度は自分の子供とお寺を訪れてくれるといいなと思うのだ

配られた懐かし駄菓子 うれし懐かしチーズあられ おまけ・闇夜にチーズあられをおねだりするダメいぬコロン
※オジサン化してしまった現在のおいらのお気に入りは、もっぱら『柿のたね』なのだ
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