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この所、またまた激務多忙でたちまちの内に時間だけが過ぎて行く感じがします。またまた帯状疱疹がうずき出しそうなおもて順です
さて、毎年11月1日から2月1日までの100日間、おいら達が所属する日蓮宗では大荒行が行われます。この修行は世界三大荒行の一つとも言われ、100日間は下界との接触を断ち、結界の張られた加行所(けぎょうしょ)という場所で厳しい修行が行われます。現在は千葉県は市川市にある、日蓮宗大本山の一つ法華経寺の中に加行所が設けられ、毎年100名から200名近い人数のお坊さんが全国から修行を積む為に集まってきます
おいら達の心のお師匠さま、日蓮大聖人もご在世の当時、南無妙法蓮華経のお題目法華経の祈りによってご祈祷をされていました。大聖人のお祈りにより、様々な方が病を癒し、大聖人のお母さまも瀕死の病の床より蘇生をされ、さらに4年の寿命を延ばされました。また、厄除けや、安産のご祈祷も行われていた記録が残っています。さらには他宗の僧侶と雨乞いの対決を行い、大聖人のみが雨を降らせ勝利したとの伝説も残っています
現在のように100日間の大荒行となったのには理由があります。大聖人は臨終の間際に孫弟子の日像上人(にちぞうしょうにん)に帝都(京都)での命じました。そのご遺命を果たすべく、日像上人は帝都布教の成就と、待ち受けるであろう厳しい法難にも耐え得る強い心身を身に付けるべく、修行に入られました。鎌倉の由比ヶ浜で現在の11月より2月までの寒100日間を、冷たい海水で身を清め、読経を行い満願の後、帝都布教へと向かわれたのです。これが、現在の100日間の大荒行の由縁と伝えられます
現在行われている荒行は、主に水行(すいぎょう)と読経(どきょう)が中心となります。1日7回、決まった時間に作法に則り水をかぶって心身を清めます。そのあいま間は、ほぼ読経三昧。朝夕の2回におかゆがメインの食事があり、睡眠時間は午前12時から午前3時までの3時間ですこうした厳しい修行の中で、自身の心身の穢れや気付かぬ内に積んでいた、罪や障りを清めるのです。また、修行中には大聖人の時代より現在に至るまで先師によって体得され築き上げられた、日蓮宗独特の祈祷法が相伝されるのです。これは木剣(ぼっけん)という法具を用いた独特のご祈祷の方法で、この100日の大荒行を終えたお坊さんにのみしか相伝されず、また行う事も出来ない特別な祈祷法です
この大荒行は、あくまでも任意。絶対に入らなければならない修行という訳ではありません。荒行にはおいら達お坊さんが死に装束で身に付けるお衣で入ります。これは修行中にいつ亡くなっても構わないという意思表示でもあります。厳しい荒行だけに実際、残念がら修行中に命を落とされた方もおられます。ですが、この大荒行には古来より多くのお坊さんが2度、3度、中には10回以上と行を重ねて入っています。入る回数によって、異なる教えを学ぶ事が出来るという事もあります。しかし、おいら達お坊さんも一般の皆さんと変わりません。お坊さんもまた人生色々ご自身を常に戒めるご修行の為、そのお坊さんの人生の節目や、何かを願ってと様々な理由で荒行を志して皆さん入られるのです。さらに、修行に入るにはお寺の留守を守って下さるご近所のお寺さん、檀家さん、信者さん、お寺の家族にも大きな負担となり、その方たちにとってもある意味ご修行を強いると言っても過言ではありませんまた、入りたくても様々な事情であきらめざるを得ないお坊さんもたくさんおられます。
ちなみにおいらはこの荒行に2回行ってきました。1回目は自身の修行の為と、祈祷法を身に付ける為に。おいらのお寺は古来より祈祷の盛んなお寺だったので、おいらもいつかは入らなければと、学生の頃から志していました。2回目は先代の住職だったおいらの親父が亡くなった後。おいらはこの歴史あるお寺を継いだ責任を全う出来るよう願い、また親父のご供養の為に修行に入ってきました。おいらもまた何かを志した時には荒行に入るかもしれません
  大荒行修了の日の法華経寺境内  帰山式へ向かうおもて順の行列・先導はゆかいな仲間のゆうちん
今年はかつて一緒に身延山奥之院で勤務し、一緒に餅つき大会などをしてご紹介した、ゆかいな仲間のヨッシーが2回目の荒行に入っています。ヨッシーはタヌキさんのようなお腹だったので、厳しい修行できっとスマートになって出で来ると思いますおいらが2回目に入った時にはわざと体重を3キロほど増やし、中で体力がもつようにしていきました。それでも出て来た時には46キロ。修行中に10キロ近く痩せていました。それから9年ほどが経ちますが、気苦労も多いせいか今でも体重は痩せたままで変わりませんですが、痩せた変わりに強力な霊感が身に付きました・・・などという事はありません。すいません。冗談です。おいらには不思議な力はありませんので、なにかご相談やご祈願をお願いされた時には誠心誠意、ご祈祷をさせて頂くだけです。おいらの考えでは、願いというものを叶えて下さるのは、そのご祈祷をする人ではなく、目に見えない仏さまや神さまご先祖などの不思議なお力によるものだと思います。おいらはただ、その願いを願う人のお手伝い、手助けとして間を取り持つための役割だと考えます
おいら達がお唱えする法華経の中の1番大切な部分の中でお釈迦は次のように述べられています。「毎に自ら是の念を作す。何を以てか衆生をして無上道に入り 速かに仏身を成就することを得せしめんと。」(つねにみずからこのねんをなす。なにをもってか しゅじょうをして むじょうどうにいり、すみやかにぶっしんをじょうじゅすることをえせしめんと。)簡単に言ってしまうと、お釈迦さまは、いつも私達の事を心配し、救いの手をさしのべて下さっているという事ですおいらが思うにそれは、ほかの神さまやご先祖様も一緒だと思うのです。ただおいら達はなかなかその事に気が付くことが出来ません。お願い事を叶えるには3つの力が必要と言われます。1つ目は法力(ほうりき・お題目、法華経のお力)。2つ目は仏力(ぶつりき・仏さま、神さまのお力)。3つ目は信力(しんりき・信じる力、信仰の力)この3つがそろった時に願いは叶うと言われています。中でも大切なのは信力。私たちの強い信心、信じる力でありますですから、何かを志した時には、神仏にお願いするのとともに、その目標に向かって自身も信じるという強い心を持ちつつ最大の努力が必要だと思います。もしも、私達が誰かにこれを手伝ってほしい、助けてほしいと言わて、その人が何もせず遊んでいたりしたらどうでしょう。仏さま、神さまはおいら達人間よりずっとおっきなお心をお持ちですから、それでも心配はして下さるかもしれませんが、すぐには助けてくれないかもしれませんね
気力、体力の限界の中で100日の大荒行を終えると、そこには何か不可思議な仏さま、神さまのご守護を頂けたからこそと思えてなりません。全国にある日蓮宗のお寺は約5000。ご祈祷が盛んに行われてきた歴史から、現在でも多くのお寺でご祈祷やご祈願を受け付けて下さっています。お願い事やご相談のある方は、どうぞお近くの日蓮宗のお寺さんにお気軽に足を運んで下さいね

  帰山式で水行するおもて順  帰山式でご祈祷するおもて順とお隣はゴールド先輩
※荒行を終えると、お坊さんは帰山式(きざんしき)と言って、自分のお寺などで無事に荒行を終えた奉告の式を行い、ご祈祷、水行などを行います
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