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昨日は、伊豆下田にお経に行ってきたのだ。あまりの暑さに、「さすが伊豆の太陽 下田と言われるだけありますなと納得していたら、各地で真夏日になったりして、変な天気だったのだ。
このところいくつか急用が出来て、ブログを更新できていなかったのだ。とんぼ返りで愛妻と愛娘モンちゃんを江戸の実家まで送り届けたり、バタバタと慌ただしかったのだその時の事だけど、おいらは車で愛妻とモンちゃんを江戸まで送り、帰りは電車で帰る事になったのだ。
おいらは割と電車も好き。それは車掌からの眺めを楽しみつつ、今までの人生を振り返り反省する事が出来るから・・・な~んて事はなく、ただビールを飲みながら移動できるので、うれしいだけなのだなので、その日も新宿から中央本線のかいじ号に乗り込み、ビールを飲みつつ家路を急いだのだ。しかし、おいらには一抹の不安があったのだ。
それは、甲府から乗り換える身延線の事。実は身延線は前回の巨大台風で大きな被害を受けたのだ。静岡、身延間の線路が数か所致命的なダメージを受けて、現在も復旧の目途がたっていない状況代替えのバスが出ているものの、電車では静岡方面からは身延まで来る事が出来ないのだ。おいらもテレビや新聞で被害の場所を見たけれど、線路が宙吊りになって、どこかのアトラクションみたいになってしまっているのだ。その為、おいらの宿坊でも静岡方面から電車利用のお客さんのキャンセルが相次ぎ、提携しているJRのツアーのお客さんも全滅状態なのだ。すいません、愚痴になってしまったのだ。幸い甲府から身延までは運行するようになったものの、特急はすべて運休の為、各駅止まりの電車が平常とは違うスケジュールで動いているのだ
各駅しかない事は事前に承知していたけれど、乗り換えも待つ事もなくスムースにいったのでまずは一安心。しかし、ここからが大変だったのだ。電車はいつもより本数が少ないのか、この時は満員御礼状態。学生さん達の帰宅時間なのか、中学生や高校生らしき子供たちが一杯だったのだ嫌いではないけれど、かなりの騒々しさ。おいらは4人掛けの対面式のイスに座る事が出来たのだ。隣には大学生風なあまりいけてないお兄さん。正面には高校生風な学生さんが座っていたのだ。お兄さん達は2駅目には降りていったのだ。隣の大学生風お兄さんは窓側にいたのだけれど、降りる時に無言でおいらのひざをまたぐように出て行ったのだ。一言何か言ってくれればいいものの、非礼なお兄さんに日本の行く末が心配になったのだ。おいらはお兄さんを呼び止め、清く正しい日本の道徳をこんこんと説いた・・・という事はなく、何も言えずムスッとしていたのだお兄さん達と入れ違いに、今度は3人組みのおじさん、おばさんが同席になったのだ。おいらの前におじさんが、あとはおばさんが2人。3人組は兄弟か親戚らしく、お互いの家族の近況などをとめどなくお話ししていたのだありがちな、嫁姑問題や家庭の悩みが次々と話題にのぼり、おいらは嫌でも聞こえてしまうお話に思わず耳がダンボ状態になってしまったのだ。途中で何度も「いやぁ、大変ですねぇ。いやいや、それは違うでしょう。うんうん、それもごもっともですな。」と相槌を入れたくなったけれど、我慢してみたのだ。ドラマの『渡る世間は鬼ばかり』を見ているかのようで面白かったのだけど、話に夢中になっているせいか、途中で前のおじさんの手荷物やひざがコツコツとおいらのひざに当たって困ってしまったのだ
さらに追い打ちをかける事態が。身延線は単線なので、駅で停車をした時に反対の方面から来る電車を待ってすれ違いをしないとならないのだ。これが何度も繰り返され、時には15分以上も対面の電車を待っていたりしたのだ。おじさん、おばさん達も度々の電車待ちに最後は疲れたのか言葉も少なくなってしまったのだ。それでも、おいらのひざへのコツコツは続いたけれど。この3人組も身延の手前の駅で降りて行ったけれど、降りる時にはぐったりとしていたのだおいらは、各駅停車は覚悟していたけれど、いつもと変わらない時間で電車は運行すると思い込んでいたのだ。ようやく終点のふるさと身延に到着した時には2時間以上が過ぎていたのだ。ちなみに通常だと特急で50分程、各駅だと1時間20分ほど。降りた時にはそばにいた甲府から一緒だったお客さんに「よく、お互いがんばりましたね。互いの栄光をたたえて一杯よって行きませんかと声をかけたくなったのだ。
こうして、良くも悪くも久々に身延線をたっぷりと堪能したのだけど、帯状疱疹から病みあがりのおいらには少し堪えた電車旅だったのだ。1日も早い身延線の完全復旧を切にお願い申し上げるのだ

     身延線の被災現場・山日新聞より     「復旧はいつになるんだい?」byダメいぬコロン
※子供の頃から乗っている身延線には、おいらの人生の節目節目の思い出があるのだ
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