Menu
暖かくなってきましたね。おもて順ですわずかですが大震災からの復興の兆しも見え始めました。ですが、原発の問題など日本が国難の真只中にある状況は変わっていません。おいらも毎日のお経で大震災の物故者の皆様のご供養と、日本国の早期復興安泰祈願を続けています
先日おいらは、あるお葬式に参列してきました。それはご縁のあるお坊さんの本葬儀です。会社などの大きな組織では、よく密葬と本葬を分けて2回のお葬式をする事があります。それと同じようにおいら達お坊さんも全員ではないけれど、密葬、本葬と分けて行う場合が多いのです。
場所は神奈川県の某所。おいらが着くとすでに、境内は檀信徒や有縁のお坊さん達で一杯になっていました。本堂はお坊さんとご親族で満席です。ですので、檀信徒の皆さんは境内に設置されたイスに座っての参列です。本堂には入れませんが、モニターで本葬の様子が映し出されていました。快晴の青空のもと、風で散り始めた桜吹雪が舞いさわやかで心地良い雰囲気の本葬でした
返礼品の中に、亡くなられたご住職さんの略歴が記されたパンフレットが入っていました。こちらのご住職さんはとても笑顔が素敵でこちらも思わず心が和む、優しさにあふれた表情をされています写真の中に修行時代のお仲間と、同窓会を結成した時の様子が写ったものがあり、まじまじとそれを見るとビックリそこには、若かりし頃のおいらの親父の姿も一緒にあったのでした。
実はこちらの亡くなられたご住職さんとおいらの親父は、学生時代からの修行仲間。確か親父が先輩でご住職さんが後輩だったとか。親父達の仲間の同窓会はとても結束が固く、昔から度々仲間のお坊さん達が親父を訪ねて身延の山奥まで来て下さったのを覚えていますおいらの親父が要職を終えた時や、本堂を新築した時、そして亡くなった時も大勢の仲間の皆さんが訪れて下さいました。そして親父が亡くなった後も、変わらず身延山にお越しの際は志摩房に寄って下さいます。今回の本葬でもやはり、お顔をよく知ったお仲間の方をお見かけしたのでご挨拶を申し上げました。
今回も感じたのは、お仲間の絆の深さ。そして、親父達が結んだ絆によって、今でも様々な形でそのご恩に与からせて頂いている事の有り難さです。言葉は悪いかもしれませんが、「同じ釜のめしを食った仲間」の絆はかけがえのないものであります。おいらにも4年間ともに同じ釜のめしを食い、修行し共に苦労し、笑った仲間が全国にいますですが、おいら達が修行した豊な現代とは違い、親父達の時代はきっと数倍も厳しくつらい環境での修行だったと思います。そこで培われた友情はおいらが思っているより、はるかに深く強固なものではないでしょうか。
親父が頂いたご恩はまた誰かに返され、巡り巡って今おいらがそれを頂いています。今度はまたどこかでおいらがそのご恩を少しずつ返して行くのだと思います。それはまた、おいらの子供や子孫に巡って戻っていくのかもしれません。
おいら達の心のお師匠様、日蓮大聖人のお言葉に『知恩報恩』(ちおんほうおん)というお言葉があります。その字の如く、「恩を知り、恩に報いる。」という意味です。
おいらがお勤めする身延山奥之院のお堂にも『知恩報恩』と彫られた大きな額が掲げられています。家族や友人はもちろん、知らない皆さんに対しても、全ての人が日頃の何気ない生活の中でも互いに、「知恩報恩」の心持ちで接する事が出来たなら素敵な世の中になるかもしれませんね

  親父の本葬で皆さんをお迎えするおもて順一同  親父の本葬の様子  おまけ・満開の右近桜を眺めるダメいぬコロン
※師匠の葬儀では、おいら達は剃髪し、死に装束を身に付けます。お坊さんのお葬式は規模も大きくて、かなり大変。おいらが親父を送った時も、皆さんに助けて頂きながら何とか終える事ができました。激やせしたのを覚えてます
  • -
  • -