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連日の寒波で大変な事になっているのだ。うら順なのだおいらのお勤めする身延山の山頂では、この間の朝の気温はマイナス12度。今年1番の寒さだったのだ。おいら達がお勤めするお堂の寺務所の中もちょうど0度。ヒーターやエアコンを駆使しても、一向に暖かくならなかったのだ
この冬はおいらのお寺で石油ファンヒーターが1台故障してしまったのだ。実はおいらが2階に運ぶ途中にこけて落としたら壊れてしまったんだけど・・・。四十路が近付くにつれて近頃、階段や段差でつまずく事が多くなってきたのだ。おいらのお寺ではお正月には遊びに来る姉貴一家やお泊りのお客さんの為、館内のあちこちを暖めるのに石油ファンヒーターを5~6台使うのだ。その日はヒーターもフル稼働で必要だったので、急きょ昔使っていた石油ストーブをひっぱり出してきたのだ。今の若者には「何すかそれと言われるようなシロモノだけど、おいらが子供の頃位までは主役として全国的に使われてたタイプ。赤く炎が見えるやつなのだ。やかんを乗せておいたり、おもちや干しイモなんかを焼いたりした方も多いと思うのだ。久しぶりに火を付けるとまだしっかり使えたのだ。しばらくすると炎のまわりの部分が赤くなってきて、目にも暖かみを感じるのだ
今でこそエアコンがあったり、石油ファンヒーターや大きめの石油ストーブがあって素早く、しかも熱い位にまで部屋を暖める事ができるようになったのだ。でも、おいらが子供の頃は使っていたストーブは全て旧式のもの。考えてみると、お客さんも家族もよくしのいでいたと思うのだ。昔、身延山で宿泊をされたお客さんが、よく「冬に泊って、寒くて凍死するかと思ったとか「とても寒かった事だけは覚えてるなんて言っていたのを聞いた事があるのだ。確かにおいらも子供の頃は、広い台所でみんなでゴハンを食べたけど、特に朝なんかは部屋もほとんど暖まらずに、震えながら食事をしていた記憶があるのだ。今思うと日常が修行みたいで、お客さんにも寒い思いをさせて大変申し訳なかったのだ。家族もお客さんも寒さに負けず、なかなか根性があったのだ。
その当時はおふくろがよくお客さんが寝る前にまめ炭の炭を火で熱していたのだ。またまた「何すかそれ。聞いた事もないっすと言われそうだけど、手のひらに乗る位の丸い炭の事なのだ。これを何に使っていたかと言うと、お客さんのアンカ用に使っていたのだ。せめて寝る時くらいは、少しでも暖かく休んで頂こうというおふくろの心遣いだったのだ。まくら程の大きさのアンカは真ん中が割れて開くようになっていて、中央のくぼみに熱したまめ炭をはさむのだ。今思えば、火事の心配もあったけれど、確かに使うととても暖かだったのだ。小さかったおいらや姉貴がアンカをお客さんの部屋に運んで、布団の足元に入れてきたのをよく覚えているのだ
エアコンやヒーターを使って何とかお客さんには寒い思いをして頂かないように心がけてはいるのだ。でも、おいらのボロ寺は歴史だけはあるけれど、すきま風の入り込む木造旧式宿坊。館内は結構寒いのだ。しかし、こんな宿坊でも中には「いやぁ、この古さがいいんですよ。何か落ち着くんだよね。」なんておっしゃって下さるお客さんもいて、おいらは涙しそうになった事もあったのだ亡くなった先代住職の親父は本堂を新築した翌年に他界したのだ。親父は病床で「宿泊棟はおまえの宿題だぞ。」とおいらに建て替えを遺言で託したのだ。まだまだおいらにはそんな力はないけれど、いつの日か親父との約束を果たすべくこれからも家族でがんばっていくのだ

   信者さんより奉納された大玄関の大型石油ストーブ   「おいらは日向ぼっこでがまんするのだ。」byダメいぬコロン
※厳しい寒さに追い打ちをかけるように、さらに悲しい出来事が・・・。おいらのアホブログには皆さんもご存じの、今まで何人の方が見て下さったかカウントされるカウンターが付いているのだ。おいらが最後に見た時の数字は確か10800位。しかし、何という事かその朝見てみると数字が9500に減っていたのだ確認すると何か障害が発生したらしく、おいらと同じFC2でブログを綴っている皆さんのカウンターは、数字が狂ってしまったらしい。正月早々、全国に悲しみと怒りに満ちたブロガーが大勢誕生してしまったのだ
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